映画『遠い空の向こうに』あらすじ・解説・レビュー

こんな方へ
・夢や目標を追いかけている人
・自信を失いかけている時
・困難や理不尽に苦しんでいる人
〔 こんな方は控えてください… 〕
・淡々とした映画が苦手な人
本サイトでは気分や目的別にカテゴリー分けをして作品をご紹介してします。他の作品も是非ご覧下さい

作品情報・あらすじ
- 作品名(原題):遠い空の向こうに(OCTOBER SKY)
- 制作年度:1999年
- 上映時間:108分
- 監督(制作国):ジョージョンストン(アメリカ)
- 主な受賞歴:ー
小さな炭鉱町でロケット製作に夢をかけた青年の感動の実話
これは、アメリカのウェスト・ヴァージニア州にある小さな炭鉱町コールウッドでうまれた実話。
1957年10月5日はアメリカにとって屈辱的な日となった。
この日は経済・技術において世界を牽引する国家アメリカに先駆け、ソ連が世界で初めて人工衛星の打ち上げに成功した日だった。
全米に走ったこの衝撃は、コールウッドにおいても例外ではない。町民のほとんどが外に集まり、ソ連が打ち上げた史上初の人工衛星「スプートニク」が空が横切るの姿を見つめていた。
他国の偉大な功績にうつつを抜かす人がほとんどだったが、当時高校生だったホーマー・ヒッカム(以下、ホーマー)は違った。彼は、目を輝かせながら空を飛び立つスプートニクを眺め、その感動に心を奪われていた。そして、ホーマーはこの日をきっかけに、いつかは自分の手でロケットを打ち上げるという夢を持つ。
思い立ったが吉日、ホーマーはすぐさま遊び仲間のロイ・リーとオデールにミニロケットを作りたいと声をかける。しかし、当然のことながら田舎の小さな炭坑町に住むホーマーも彼らもロケットなど縁がない。ロケット製作における技術も知識も皆無だった。
そこでホーマーは、豊富な知識を持ちながらも変わり者でクラスの仲間外れになっていたクエンティンに目を付ける。「奴に近づくな。変わり者だ。お前も相手にされなくなる。」という仲間の制止を振り切りながらも、ホーマーはクエンティンにロケットのことを教えて欲しいと声をかける。これが、後に偉大な功績を残す「ロケット・ボーイズ」の結成だった。
しかし、いくら知識豊富なクエンティンがいようが彼らはまだ高校生。ましてや当時はインターネットもない時代。時には目の前で爆発して庭柵を破壊し、時にはコントロール不能なロケットが人を目掛けて暴走するなど、ロケット開発は難航した。
また、彼らの行動は周囲の理解も得られなかった
フットボールで結果を残している学生は例外として大学での奨学金を得られるが、「普通」の学生は皆卒業後に炭坑で働くことがこの町にとって「当たり前」だった。そんなコールウッドに住む人間にとって、ロケットを打ち上げるという彼らの夢はあまりにも現実からかけ離れていた。
特に、炭坑の責任者をしているホーマーの父、ジョン・ヒッカム(以下、ジョン)は典型的な頑固おやじ。彼は、義理堅く仕事への情熱も強いことから周囲からの信頼も厚い偉大な父親だったが、昔から炭坑を守り続けてきたジョンにとってミニロケット製作などもってのほかだった。それでも、ジョンにとってホーマーは愛する息子。ホーマーのことを陰ながらもサポートするが、いざ面を向かって話をすると不器用なジョンとホーマーは対立することが常だった。
そんな彼らを、初めから応援してくれる人がいた。高校で物理を教えているライリー先生だ。
ロケット・ボーイズ何か粗相を犯しても、ライリー先生が庇ってくれて彼らが研究に没頭できる環境を作ってくれていた。また、「全米科学コンテスト」で優勝すれば、大学での奨学金を得られることも夢でないことを教え、彼らの意欲に火をつける。
そんなこんなでロケット・ボーイズの挑戦は、トライアンドエラーを繰り返しながら着実に進歩していく。
熱い想いを持って取り組む姿と、困難を乗り越えて進み続けるロケット・ボーイズに、次第に町の人たちも心を動かされていくのだが….
本作『遠い空の向こうに』は、実在するNASAのエンジニア、ホーマー・H・ヒッカム・Jr.の自伝「ロケット・ボーイズ」を原作として作られた物語。作中で何度も登場する「”暗い炭坑”や”壮大な空”」は「”凝り固まった大人の社会”と”柔軟な子供の可能性”」を比喩している。自らで見つけた壮大な目標に向かい、困難を乗り越えながら愚直に突き進む青年たちの姿を通し、夢や信念が底なしの力を与えてくれることを再認識させてくれる。
豊かな人生を手にいれるために必要なことを、情緒的且つ知的に教えてくれる優しい作品。典型的なサクセスストーリーだが、実話なだけに共感も強く、私たちに希望と勇気を与えてくれる。海外では教育にも活用される定番であり、子供・大人含め全ての方に一度はご覧頂きたい作品です。
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解説・レビュー ※ネタバレ含む
「凡人」ホーマーから成功の因子を解き明かす

「自分の夢を持て・あきらめるな」
誰もが、人生で一度は耳にしたことのある言葉だろう。無限の可能性を持つ子供に大人は言う。そしてみんな、その大小に関わらず少なからず一度は夢を持つが、実際にそれを形にできる人はごくわずかである。
では、夢を叶えられる人と、そうでない人は何が違うのか?
当然、「公式」が当てはめられるほど人生は甘くない。
そのことは承知の上で、なぜ大人達は口を揃えて夢の大切さ、あきらめないことの重要性を話すのかを本作から学びたい。
本作『遠い空の向こうに』は、ロケット製作という壮大な夢を持ち、待ち受ける困難を乗り越えながら夢を叶えていく青年たちを描いた作品。何か特別に「優れた能力」を持っているわけではない「普通の青年」がモデルとなっているだけに、何が人を成功に導くのかを学ぶのにうってつけの作品である。
「夢を持て」「あきらめるな」とは具体的にどうゆうことか?
より具体的に理解するため、ここでは下記3つの観点から考える。
- 熱意:圧倒的な熱量で一つのことをやり続ける
- 誠意:仲間を作れば人は何者にもなれる
- 行動力:蒔かぬ種は生えぬ
これらは数ある成功要因の一つに過ぎないだろう。
しかし、夢を叶える人間の共通点でもある。一つ一つ、読み解いてみる。
熱意:圧倒的な熱量で一つのことをやり続ける

偉大な功績を残した人を社会は「天才」と言って片付けるが、生まれながらにして成功が決まっている人間など一人もいない。
そして、世の中に多くいる功労者の話を聞くと、実は特別なことをしているわけではない人がほとんどだ。
「ズルをしないで真摯に向き合う」
「わからないことは人に聞く」
「失敗から学んで成功に繋げる」
誰もが知っているそんなことを”普通”のことを”当たり前”にこなしているだけ。しかし、実はどの分野でも基本中の基本を熱意を持ってやり続けられる人は意外といない。
成功者は皆共通して、つい避けてしまいそうな面倒臭いことも、夢を叶えるために誰よりも誠実に、何よりも丁寧に、圧倒的な熱量でやり続ける。
小さな炭鉱町の高校生、ホーマーは何の変哲のない一人の青年だ。
優れたフットボール選手の兄を持つ彼自身、自分は特別でないことを知っている。
決して悪い人間でもなかったが、運動も勉強も特別な才能は見当たらない。つまり、世間で言う普通の一般人だ。
環境も決して恵まれていない。むしろ良くない。
彼が住む町は歴史ある炭鉱の町。優れたフットボール選手を除き、高校卒業後は炭坑に勤め一生をそこで過ごすことが普通だった。ましてや、ホーマーの父ジョンは炭坑の責任者。彼は良くも悪くも炭坑の仕事に誇りを持ち、仕事に情熱を注いでいる。暗い地中で真っ黒になりながら力仕事をしているジョンからすると、自分の息子がロケット製作なんて夢物語にもほどがある。手助けを求める息子の願いも聞こうとせず、「ロケット開発なんてハッタリだ」と一蹴する。
その一方で、ホーマーの頑固さもなかなかのものだ。
必要なことがあれば人目を気にせず挑戦し、父親に何を言われようがくじけない。
会社の敷地内での実験を禁止されれば8マイル離れた荒野に基地を作り、ミニロケットを作るために高額の鋼が必要になれば何トンとある廃線路の鉄材をかき集め売り、どんなに非効率で気が遠くなるような作業でも夢に近づくとあれば彼は喜んで実行した。
そんなホーマーの熱量にいつしか人が集まってきて、一人、また一人と少しずつ仲間を増やしていく。
「熱量」が人を動かすことを証明している典型的なシーンがある。
ロケット・ボーイズがもつ機材と技術ではミニロケット本体の座金を溶接することができないことから、ホーマーは炭坑の溶接場に勤めるバイコフスキーのもとを訪ねる。
バイコフスキー:おやじに見つかったら雷が落ちるぞ。おれにも”余計な仕事をするな”と。
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム ・ バイコフスキー 会話 原文ママ
ホーマー:手間賃は払うから
バイコフスキー:ダメだ。おれがクビになる。すまん。
ホーマー:スプートニクを見た?すばらしかった。光りながら空を横切った。世界中どこででも見上げると見える。この町もやはり世界の一部だった。
バイコフスキー:世界にはここよりひどい所がたくさんある。あれはただの鉄の塊さ。
ホーマー:打ち上げたのはロケットだ。ヘンだけどロケットを作っていたら自分がフォン・ブラウン博士になった気が…
バイコフスキー:見せろ。ホーマー。誰にも内緒だぞ。
最初にホーマーは手間賃というバイコフスキーの利益を示すことで溶接を交渉した。
しかし、家族を養う大人からするとホーマーが支払う手間賃などたかがしれている。仕事を失うかもしれないリスクから考えたら、バイコフスキーが手伝うメリットなど何もない。
あっさりと断るバイコフスキーに、ホーマーはロケットにかける情熱を話し始めた。
ロケットがどれだけ人々に希望を与える存在であるか、自分がどれだけロケットのことを愛しているか…
すると不思議とバイコフスキーは動いた。ホーマーの熱量に感化され、失業のリスクを背負いながらもロケットの溶接を手伝った。
バイコフスキーの「利益」だけで考えたら、ホーマーの想いもロケットもどうでもいい。バイコフスキーが考えを変えてホーマーを手伝ったのには意味のある理由などなく、ただ単に堅実に夢を語り目を輝かせるホーマーをほっとけなくなったのだろう。
それだけ、人の熱量は人を巻き込み、無条件に前に突き進める力をもっている
ではなぜ、私たちはどこかで熱や希望を失ってしまうのか?
誰だってきっと、ホーマーのように希望や夢をもった時期はあったはずだ。
まず、社会が熱を失わせる空気を作り出す。
本作でも、ホーマーの夢を阻害する大人の圧力がたびたび登場する。
これは、ミニロケット製作活動をよく思っていないターナー校長の会話である。
ターナー校長:ライリー先生。空望みを与えるのは問題では?
「遠い空の向こうに」ターナー校長・ライリー先生 会話 原文ママ
ライリー先生:空望み?一生石炭のすすを吸い続ける暮らしを?
ターナー校長:何年かに1度運のいい生徒がフットボール奨学金を。それ以外の者は炭坑で働く。
ライリー先生:運の悪い生徒にも将来を。それを考えるのが教師ですわ。
なぜターナー校長は、ホーマー達が夢を持つこと自体すら反対なのか。
おそらく、挑戦にストップをかける人の理由は2つある。
1つは、自身の経験談だ。少なからず、長く生きてきた大人たちは多くの夢が失意に終わることを経験している。自分と同じ辛い想いをさせたくないという意味では、相手のことを思ってこそのアドバイスでもあり、ターナー校長の言っている意味も理解できないわけではない。
しかし、全く異なる自分の経験から、相手のことをも知ろうともせずに自分の考えを押し付けるのは筋違いである。
そして、学校の生徒が夢や希望を持つことが、大人の言う普通に従って一生石炭のすすを吸いながら生きていること以上に「問題」であるかは甚だ疑問だ。運命という言葉で人の人生を強制し、本気で考えることを放棄しているに他ならない。
2つは、未知なるものへの恐怖だ。自分が経験したことない領域に供達たちが踏み込むことで、自分の範疇を超えることを恐れている。人は自分知らないものを根拠なく否定するが、これは単なる保守的な欲望に近く、自己防衛のために意味もなく人を傷つけるのと何ら変わらない。
大抵は、この2つの心理から、「普通」や「常識」という言葉を使い人は未知なるものを遠ざける。
しかし、必ずしも世の中の人間全員がそうではないことは忘れてはいけない。
どこかに自分のことを心から考え、応援してくれる存在も必ずいる。
ホーマーにとっては、ライリー先生がそうだった。

彼女は、ロケット・ボーイズが結成した当時から彼らを影からサポートしていた。「全米科学コンテスト」に挑戦するきっかけを作ったのも彼女だ。
ロケット製作を諦め、炭坑に身を埋めようとしているホーマーを救ったのも彼女の言葉だった。
ライリー:口さがない町ね。でもうまくごまかしたでしょ?私がウェルチの恋人の所へ忍んで行ってるって?
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム ・ ライリー先生 会話 原文ママ
ホーマー:違うんですね?
ライリー先生:ホジキン病は進行が遅いの。だからまだ時間が…
ホーマー:僕にできることが?
ライリー先生:私に謝らせて。
ホーマー:どうして?
ライリー先生:教えることが私の仕事。あなたたちが科学フェアで奨学金を得て何かを成し遂げたら私の人生にも少しは意義が…ホーマー、聞いて。ある時は人が何と言おうとも自分の心の声を聞いて。一生炭坑で働くの?他の道を考えたのでは?嘘ではなく私はあなたが誇りよ。どんな道を選ぼうともね。
ライリー先生は、ホジキン病という不治の病を患いながらも、心からホーマーのことを応援していた。
大衆の声に耳を貸し、それを理由に自分何かを諦めるのは簡単だ。
しかし、自分の人生に最後まで付き合うのは自分しかいない。
真摯に向き合ってくれる1の声と、本質を考えずに発する100の声があった時、自分が本当に耳を向けるべきところはどこなのか。その判断も、ホーマーが圧力に負けずに底なしの熱量を持ち続けられた一つだったのかもしれない。
ライリー先生は最後の最後までホーマーを応援した。生徒たちが夢を持ち、自らの力で道を切り開いていくことを心から望んでいた。
ホーマー:先生
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム ・ ライリー先生 会話 原文ママ
ライリー先生:ホーマー。やったのね!やっぱり!
ホーマー:ロケット・ボーイズは大学へ。奨学金が出ます。
ライリー先生:すごいわ。これから毎年新しい生徒にこう自慢できるわ。”私がロケット・ボーイズを教えた”と。そして誰かがこう思う。”僕だってできる”と。
不条理が蔓延る社会では、あらゆる方向性から「理屈っぽい」圧力がかけられる。
その背後には未知への恐怖と利己的な欲求があるのと同時に、人は結果には簡単になびく。
周りに何を言われおうとも、自分の中にある熱だけは失わないでほしい。
今は証明することが難しくても、結果を残せばいつしかそれは「普通」になるのだから。
誠意:仲間がいれば人は何者にもなれる

ただし、熱量だけで夢を叶えられるのであれば世の中もっと多くの人が成功をおさめているであろう。
ホーマーに一つ先天的な力があるとすれば、それは「誠実に人と向き合う力」、そして「仲間を作る力」だ。
何の経験も知識もないホーマーにとって、ミニロケットの製作を成功させるために一番の障壁は技術だった。
トライアンドエラーを繰り返すその熱量は絶対に必要であると同時に、いくらでもやり直せるだけ時間も無限にあるわけではない。限られた時間内で着実に前に進むための技術と裁量がなければロケット製作は成功しなかっただろう。
彼はそれを「仲間を作る」という方法で解決していった。
ロケット作りの知識がなければ変人のクエンティンに躊躇なく助けを求め、溶接技術がなければ熱い想いでバイコフスキーを説得した。発表用の機材が盗まれた時も、最後の最後に助けてくれたのは父だった。
何一つ欠けても、彼の成功はなかっただろう。裏を返せば、ホーマーは自分に秀でた能力がなくても、人の手を借りることで大半の問題を解決できた。
当人はそんな打算的な考えで動いていないだろうが、ホーマーは仲間を作る力に長けていた。
ホーマーの周りに多くの人が集まるのはなぜか。
それは、ホーマーは自分一人では何も成し遂げられないことを知っていたから。そして、自分一人の栄誉など関係なく、ロケットを打ち上げるという夢をただ純粋に叶えたかったから。それが故に、彼は誠実に人と向き合ってきて、想いが相手に伝わったのだろう。
人間、誰しも成功に近づけば利己的な欲求に目がくらみ周囲を見失う。
しかし、ホーマーは決しておごらないし人を陥れようとしない。どんなに苦しい状況にあってもズルはせず、誠実に話し自分の意思を伝えようとする。ホーマーにとってはけむたい存在の校長や警察にも余計な干渉はせずに、自らの夢に没頭する。そして、どんなに相入れることのなかった厳しい父親にも筋を通し、最後の最後まで感謝の気持ちを忘れなかった。
ホーマーは「人の良いところ」を見つけることに優れていた。
それを体現するのが、化学コンテストで賞を受賞した後の父との会話だ。

ホーマー:父さん。ありがとう。お陰で本当に助かった。僕らのためにムリをしてくれた。最後の一発を打ち上げるから…
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム・ジョン ヒッカム会話 原文ママ
ジョン:おれは忙しい
ホーマー:もし暇ならばと思って…
ジョン:英雄を見過ごしたって?残念だな。
ホーマー:僕と父さんはいろいろなことで考え方が違う。すべての考えが違う。僕は人生で何かできるという自信がついた。父さんと違うからでなく同じだからだ。父さんのように頑固でタフ。僕もいい人間になりたい。もちろん博士は偉大な科学者だ。でも僕の英雄では…
人間、誰しも人の欠点を見つけるのは得意だ。そして、成功をしたら鼻が伸びるものだ。自分がもしホーマーと立場にいたら、きっと同じ言葉は話せないだろう。
つまるところ、ホーマーは人に好かれることが多かったが、それ以前に「人を好きになる力」があった。
「人は鏡」という言葉がある。
相手に対して嫌な気持ちを持っていると、相手も自分に対して嫌な気持ちを持つようになる。人に対して誠実であれば、自分もまた誠実に接してもらえる。
ホーマーは誰に対しても誠実にしてきたがために、人からも信頼され愛されていた。いわば、ホーマーの周りで前向きな愛の連鎖がうまく回っていたのだ。
最後の一発のロケットを打ち上げる時、集まった観衆にホーマーが伝えたことは「自分の苦労話」ではなく「人への感謝」だった。

ちょっと聞いてください。その前にお礼を言いたいんです。皆さんがいなければ挫折してました。庭の柵を壊して終わり。皆さんに助けられました。皆さんのメダルです!このロケットを最初から夢を信じてくれた人々に。バイコフスキーさん。そしてボールデンさん。僕らを最初に勇気づけてくれたライリー先生。最後にいつも僕を支えてくれた母さん。そして…父さん。ボタンを押さなきゃ飛ばない。押してくれる?
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム セリフ 原文ママ
広い世の中では圧倒的に優れた能力をもつ人間は確かにいる。
自分には才能がない。あの人にはとても敵わないと思うこともあるかもしれない。
しかし、それだけ決して夢を諦めないでほしい。
人が一人でできることなどたかが知れている。仲間を増やせば、人は何者にもなれるのだ。
行動力:蒔かぬ種は生えぬ

最後に、幾度とある危機からホーマーが脱した理由。
それは、彼はいつも圧倒的な行動量で問題解決に向けて動いていたから。
「蒔かぬ種は生えぬ(まかぬたねははえぬ)」という言葉がある。
これは、「努力もせずに良い結果を期待することなど無駄だ」「自ら行動しないことには始まらない」という教えである。
当たり前のように聞こえるが、不条理な蔓延る社会ではこれが中々難しい。
圧倒的な実力者や不公平な権力を前にすると、何をやったって結論は変わらないと人は決めつけ、抗うことをやめてしまう。
つまり、戦場に立つ前に、戦うことを放棄するということだ。
そんな理不尽に対し、ホーマーはいつだって泥臭く駆け回り、根拠のある証明で対抗した。それを体現する代表的なシーンが一つある。
森林火災の原因が彼らではないことを証明するため、ホーマーとクエンティンが消息不明のミニロケットを探した時だ。
結果論から見ると、いとも”効率的”な行為だったと思えるかもしれない。しかし、当事者になったつもりでその当時のリアルな気持ちを考えてほしい。
まず前提として、ジョンの収入を補うため、当時ホーマーは仕事をしていた。それも過酷な肉体労働の上に、初めての仕事が与える負荷は心身共に相当なものだ。一分一秒でも多く休みたいと思うだろう。
次に、実現性の低さだ。いくら計算に自信があるといえど、ミニロケット落下地点の推察はあくまで卓上の計算だ。そこには計算の抜け落ちや環境要因など、ホーマーに予測できない障壁もある。卓上の「計算」を探すという「行動」に落とした時、そんな簡単にいくはずがないことは承知の上だろう。
そして最後に、消息不明になっていたミニロケットを見つけたところで、警察や学校が納得してくれるかもわからない。人間一度振り上げた拳を下すことは難しい。現代で言えば冤罪を認めるようなことを彼らがするかは蓋を開けるまでわからない。
それでもホーマーは、「無駄」かもしれないアクションを起こした。
こんな気が遠くなるようなことは自分だったら到底できない。「収入を守るため」「計算できない」「説得できない」など、なにか一つでもできない理由を自分に言い聞かせて諦めていただろう。別に、「探してくれ」と誰に頼まれたことでもないからだ。
人間、できない理由を探すのは非常に得意だ。
しかし無駄かもしれない行動に身を投じれるひとはほんの一握りしかいない。
奇跡を起こす人は、それが100に1つにしか咲かない花であっても、奇跡という花の種を無限にまく。
そして成功者がすごいのは、始めは辛かった種まきも、いつしかそれが何の苦もなく自然にできるようになっているところだ。
ミニロケット探しはほんの一例だが、ホーマーは着実に膨大な量の知識も技術も身に着けていた。事実、NASAに入っているぐらいだから、本作では見えないところでも計り知れないほどの努力の賜物があったからだろう。
「蒔かぬ種は生えぬ」の反対語に「棚からぼた餅」という言葉があるが、当然何も考えずに「奇跡よ起きろ!」都願っているだけの人がかなうはずもない。
必死になって夢を語るホーマーにオデールは言う。
オデール:なぁ教えてくれよホーマー。コールウッドの悪ガキ4人が全米科学コンテストで優勝する確立はどれくらいなんだ?
「遠い空の向こうに」ホーマー ヒッカム ・ オデール 会話 原文ママ
ホーマー:100万分の1くらいだ。
オデール:高確率だな。なぜそれを先に言わなかった?
どんなに可能性が低くたって、そこに可能性があるなら前向きに挑戦する。今できることに必死に取り組み、あらゆる角度からトライする。挑戦とはその繰り返しであり、その先にしか栄光はない。
「熱意」「誠意」「行動」
どれも全員が知っていることである。しかし、そんな”普通”のことを圧倒的なエネルギーで継続すること。

正解がない世の中で成功するにはこれしかないのだ。
本作『遠い空の向こうに』は、どんな困難をも乗り越える底力や無限大の可能性を正面から教えてくれる。その限りないほどの真っ直ぐさが私たちにも希望を与えてくれる作品。未来に大きな可能性を持つ子供にも、社会に圧力をかけられ心が疲れている大人にも、見る人の立場に応じて優しく勇気をくれるだろう。
受賞歴
その他受賞歴
放送映画批評家協会賞 ファミリー映画賞 等
賞が多すぎてどれがすごいのかわからない….」という方はこちら!
👉 映画賞ってどれがすごいの?
ジョー・ジョンストン監督の別作品
映画監督:ジョー・ジョンストン
・2018年:くるみ割り人形と秘密の王国(監督)
・2011年:キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アドベンチャー(監督/製作総指揮)
・2010年:ウルフマン(監督)
・2004年:オーシャン・オブ・ファイヤー(監督)
・2001年:ジュラシック・パークⅢ(監督)
・2000年:遠い空の向こうに(監督)
・1996年:ジュマンジ(監督)
・1991年:ロケッティア(監督)
・1990年:ミクロキッズ(監督)
「そもそも映画作りに誰が一番重要なの?」という方はこちら! 👉 映画作りのキーマンは誰?
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