映画『ゴッドファーザー PARTⅡ』あらすじ・解説・レビュー

こんな方へ
・人生に迷っている人
・自身を客観的に見つめ直したい人
・大きな選択や決断を迫られている人
〔 こんな方は控えてください… 〕
・淡々とした映画が苦手な人 ※派手さあまりないです。
・古い映画が嫌いな人
・暴力的な描写が苦手な人
本サイトでは気分や目的別にカテゴリー分けをして作品をご紹介してします。他の作品も是非ご覧下さい

作品情報・あらすじ
- 作品名(原題):ゴッドファーザー PARTⅡ(THE GODFATHER PART II)
- 制作年度:1974年
- 上映時間:200分
- 監督(制作国):フランシス・フォード・コッポラ(アメリカ)
- 主な受賞歴:アカデミー賞(作品賞・助演男優賞・監督賞・作曲賞・美術賞・脚色賞)
使命に囚われた男の苦悩と狂気の物語
「ゴッドファーザー PARTⅡ」は「ゴッドファーザー 」の続編。
一作目なしには語れない作品なので、PARTⅠを見ていない方はこちらからどうぞ。
👉 映画『ゴッドファーザー』あらすじ・解説・レビュー
本作は、現在のコルレオーネファミリーのボス・マイケルの物語と、その父であるヴィトー・コルレオーネ(ゴッドファーザー )の過去を振り返る二重構造でストーリーが進む。複雑になることを避けるため、ここでは各々を別に記載する。
ヴィドー・コルレオーネの物語(過去の回想)
時は1901年、シチリアのコルレーネ村。
当時9歳のヴィドーは、村を牛耳るマフィアのドン・チッチオに父親を殺され、復讐を誓い身を隠していた兄まで殺されてしまう。
唯一残された息子のヴィドーにまで手が及ぶことを危惧していた母は、ドン・チッチオの元に息子のことだけは殺さないように交渉に行くも失敗。目の前で母親も殺されてしまい、なんとか逃げ延びたヴィドーはたった1人でニューヨークに渡り身を隠すのだった。
時は流れ1917年、大人になったヴィドーは食品店で働いていた。
結婚もし、長男のソニーも誕生。順風満帆な暮らしを送っていたが、周辺を縄張りをしているマフィアのボス、ファヌッチに職を奪われてしまう。
ヴィトーは友人のクレメンザに唆され、その友人テッシオと共に窃盗に手を染め始める。
すると、それを知ったファヌッチは、縄張りでの活動料として高額な手数料を請求してくる。
クレメンザとテッシオは素直に手数料を払うことで事を収めようとするが、ヴィトーはファヌッチを自宅で待ち伏せ中で殺害するのだった。
その頃からヴィトーは周囲に一目置かれる存在となり、事あるごとに地域の人たちの相談役となっていくのだった…
マイケル・コルレオーネの物語(現在)
一方、PARTⅠにて、父ヴィトーの座を受け継ぎ、コルレオーネファミリーのボスとなったマイケル。
彼は活動の拠点をニューヨークからネバダに移し、一層の富と権力を手に入れていた。
しかし、マイケルが抱える問題は山積みだった。
ある日、父ヴィトーの元側近であるフランクがマイケルに話に来る。
フランクはニューヨークの統括を任されていたが、同じくニューヨークで力を持ち始めていたロサト兄弟と対立していた。ロサト兄弟のバックには、マイアミで強大な力を持つロスという人物がついていた。丁度別件でロスと協定を結ぼうとしていたマイケルだったが、フランクはそれを止めようとする。
マイケルはそれを拒否。ビジネスの進め方も波長が合わないマイケルとフランク、険悪な雰囲気の中2人は別れるのだった。
ある晩、妻と共にしていた寝室でマイケルは多量の銃弾で襲撃を受ける。
幸い、妻にもマイケルにも怪我はなかったが、マイケルはある決心をしてマイアミに渡るのだった…
これを機に、自分以外の人間を信用できないマイケルと、マイケルが力を持つことを良いと思わない裏切り者たちの負の連鎖が回り始める…
本作『ゴッドファーザー PARTⅡ』は、一作目に続きアカデミー賞を連続受賞。それも、なんと6部門(作品賞・監督賞・助演男優賞・作曲賞・脚本賞・美術賞)を受賞し、続編で賞を受賞するのは初めてとなる不朽の名作。
絶対的権力・信頼を持つドン・ヴィトー・コルレオーネ(ゴッドファーザー)と、権力はあるが人を信用できないマイケル・コルレオーネの生涯を比較するように描く。
歴史的成功を収めた一作目を上回る、至高の続編です。
『ゴッドファーザーPARTⅡ』を見れる動画配信サービス
『ゴッドファーザーPARTⅡ』を見れる動画配信サービスをご紹介します。
各サービスには「無料お試し期間」があります(無料お試し期間中の解約可能)。
本作に興味がある方はこの「無料期間」をご活用ください!
※映画配信サービスの情報は2019年11月時点です。必ず公式HPで情報をご確認下さい。


VOD(動画配信サービス)についてもっと詳しく知りたい!」という方はこちら!
👉 動画配信サービス(VOD)一覧
解説・レビュー ※ネタバレ含む
感情を捨てきれるほど人間は強くない

「ゴッドファーザーPARTⅡ」は、言わば「尊敬と信頼という絶対的な強さを持つ ドン・ヴィトー・コルレオーネ(ゴッドファーザー)」と「強くあろうすれがために空回りをし、孤独になっていく マイケル」の物語。
対象としてな父子の生き様を対比して描くことで、「マフィア(コルレオーネ家)のボス」という同じ立場でありながらも行き着く末路の違いを示しています。
ここで考えたいのは「強さとは何か」ということ。
ファミリーを一つに束ね、多くの人間の敬愛の中この世を去っていくヴィトー。
絶対的権力とビジネス力を持ちながらも、孤独感と虚無感が増していくマイケル。
大切なファミリーや愛する家族を守りたいという気持ちは同じにも関わらず、二人の行き先はどうしてこうも変わるのでしょうか。
汚いことをしているのも一緒です。
ヴィトーもマイケルも平然と幾人もの命を奪います。
しかし、同じ”殺人”という大罪を行う中にも二人の意識の違いは明確に見えてきます。
ヴィトーの回想で、印象的なシーンがあります。

ヴィトーは青年になった後、街を縄張りをしているマフィアのボス、ファヌッチを殺します。これは、ヴィトーにとって初めての殺人でしたが、見事なまでの段取りと冷静さで成し遂げます。
しかし、注目すべきはその後です。
数分前に初めて人を殺したヴィトーは、家の前で帰りを待つ家族の元に駆け寄り、赤子のマイケルを抱き上げるのです。「マイケル、マイケル、愛している」と。
先ほど人を殺したその手で平然と我が子を抱き上げる様は、同じ人間とは思えないような寒気がします。
これがヴィトーを象徴するものなのです。
「家族の幸せを守る」という絶対的な目的のためには、例えそれが悪魔の所業であろうが彼は何にでもなれるのです。
一方のマイケルはどうでしょう。
PART2でも、彼は多くの人間を殺します。
自分と敵対する存在のロスやフランク、ついにはある裏切りをきっかけとして実兄弟であるフレドにまで手をかけます。
目的のためには人を殺すことを厭わない冷酷な姿はヴィトーと変わりません。
しかし、誰かを殺すたび、マイケルは死んでいるかのような虚無感に溢れた表情をするのです。
まるで、人を殺すことで自分自身の中にある「何か」も一緒に失っているような…

もともと、若かりし頃のマイケルは周囲の反対を押し切ってまで国のために軍人になるような真面目で優しい人間です。
前作のPARTⅠでは、亡くなる間際にヴィトーが「マイケル、おまえにだけはこんな仕事はさせたくなかった」というぐらいです。
それが、いつの間にか最も大切な存在のはずの兄弟にまで手をかけてしまうほど非情な人間に変貌しました。
いや、行動は非情でも、自分の中にある感情は冷酷になりきれていないようです。
何が彼をそうさせたのでしょうか?
ヴィトーとマイケルは何が違うのでしょうか?
それは「目的意識」の違いです。
ファミリーを守るためには、築き上げてきた富や権力も簡単に捨てられるヴィトー。
ビジネスの成功を一番の重きを置き判断軸を構えるマイケル。
厳密に言えば、初めは二人とも「ファミリーを守る」という目的が一緒だったのです。
しかし、マイケルの中でいつの間にか目的がすり替わってしまった。という方が正しいでしょう。
ビジネスの成功は「ファミリー守る手段」だったはずが、いつの間にかビジネスの成功のためにはファミリーを犠牲にし始めるのです。
「問題解決」に重きをおくばかり、本当の大切なものを見失うのです。
必死になって自分を変えていくが故に、闇に支配されて本来の目的を見失ったのです。
マイケルは元々堅実で優しい人間です。
その生真面目さが仇となり、その責任や重圧がマイケルを変えたのでしょう。
強くあろうとすればするほど強くなれない。
守るべきものを守ろうとするたび、自ら大切なものを見失ってしまう。
何て皮肉なものでしょう。
結果を確実に追い求めるために、感情が邪魔になることは大いにあります。
感情を抑制し、敢えて自分を機械的にコントロールすることで物事をうまく運べることもあるでしょう。
しかし、どんなに自分を律しようと、結局人間は機械にはなりきれないのです。
感情を捨てきれるほど人間は強くない。
どんなに理屈立てても、自分の感情を欺くことはできません。
その理屈と感情の矛盾が、いつの間にか自身を迷わすのです。
PART2でもラストシーンが印象的です。
兄のフレドを殺害した後、幸せだった頃の家庭を想像しながら孤独・虚無に襲われるマイケルの表情…
そういった意味では、本当のモンスターはマイケルよりもヴィトーなのかもしれません。
心の迷いが生じることは普通のことです。
ヴィトーのように、目的のためには自分の心までも完全に支配しコントロールすることができる人間は早々にいないでしょう。
誰しも、人生の中で大事な局面を迎えることがあります。
自分を変えなければ大切なものを守れなくなる時があります。
しかし、自分が思っている以上に人間は強くありません。
本当の「強さ」とは何か。PART1に続き、人の深さを考えさせられる作品です。
映画史上最高の”続編”
アカデミー賞を連続受賞した史上最高の続編
前作で、当時の興行収入を塗り替え、アカデミー賞でも3部門(作品賞・主演男優賞・脚色賞)を受賞し歴史的成功を収めた「ゴッドファーザー」。※1972年

本作『ゴッドファーザーPARTⅡ』は、その3年後の1975年に誕生した作品だ。
結果、『ゴッドファーザーPARTⅡ』はアカデミー賞9部門にノミネート、内6部門を受賞(作品賞・監督賞・助演男優賞・作曲賞・脚本賞・美術賞)するという大成を収めた。
多くの名作も、続編を出すことでその評判は落ちるもの。実は、続編までも連続して「アカデミー作品賞」を受賞しているのは本作のみです。
そんな、映画史上最高の”続編”とも言える本作だが、実はそこに至るまでには製作者たちとの一悶着があったとのこと。
コッポラ監督による作品を生み出すことへの絶対的な拘り
「ゴッドファーザー PARTⅡ」も、前作と同じフランシス・フォード・コッポラ監督が務める。当たり前、と思うかもしれないが、続編になると監督が変わっているというのはよくある話です。

それだけに、前回に大成を収めた同監督は続編の製作を引き受けることに相当な抵抗を感じていたとのこと。実際、映画会社のパラマウント社とコッポラ監督の間では一作目の時点から相当な一悶着があったとか…
しかし、予想を遥かに超えた一作目の成功を受け、続編の製作を引き受けるにあたり、コッポラ監督は会社に「製作にあたる全ての決定権」「無制限の予算」「最高額の報酬」を要求したとのこと。
おおよそ、続編が失敗する要因は「作品への拘り」から「ビジネスの成功」に要点をシフトするからである。”名作の続編”であれば売れるという打算的な考えが、結果的に名作までも破壊する。
しかしコッポラ監督の考えは違った。
やるからには最高の作品を作りたい。そうでなければ作品は生み出さない方が良いと。
史上最高の”続編”が生まれた背景には、コッポラ監督の作品に対する絶対的な愛と拘りがあってこそなのだ。
原作に抗って作られた完璧なシナリオ
本作がヒットしたポイントは、何と言ってもマイケルとヴィトーの対照的な二人の物語を照らし合わせて描かれていること。

実はこれ、”原作”ではヴィトーの過去の物語だけなのです(原作者:マリオ・プーヅォ)。
それだけでは浅すぎると、監督は途中で原作を投げ出しマイケルの物語と並行して描くことを決めたとのこと。
これにより、「ゴッドファーザー」の続編は単にマイケルの暴走を描いたものではなく、高貴なコルレオーネファミリーの歴史と継承、マイケルとヴィトーの比較により人間の深い内面を描いた壮大な作品だ完成したのです。
ちなみに、本作でもう一つ話題となったのが、若き日のヴィトーを演じた。ロバート・デニーロ。今や誰もが知っている名優ですが、当時は無名の存在でした。
彼は、役作りのために徹底した拘りを持っていることが有名です。
今作でも、映画の舞台となったシチリア島(イタリア)に撮影の3ヶ月前から住み込み、イタリア語を完璧なものにしたのです。また、特徴的なヴィトーをかすれ声を完全にコピー。
前作でヴィトーを演じたマーロン・ブランドに負けず劣らない存在感を示したロバート・デニーロは、見事アカデミー助演男優賞を受賞し、一挙に名俳優への道を駆け上がります。
映画の内容だけでなく、監督や俳優陣まで一丸となり製作された「ゴッドファーザーPARTⅡ」。
映画史上最高の”続編”として評価されるに値する本当に素晴らしい名作です。
受賞歴
アカデミー賞(1975)
作品賞・助演男優賞・監督賞・作曲賞・美術賞・脚色賞
その他受賞歴
英国アカデミー賞・全米映画批評家協会賞・全米監督協会賞 等
賞が多すぎてどれがすごいのかわからない….」という方はこちら!
👉 映画賞ってどれがすごいの?
フランシス・フォード・コッポラ監督の別作品
映画監督:フランシス・フォード・コッポラ ※「監督」としての作品を抜粋
・2016年:地獄の黙示録(監督/製作/脚本/音楽)
・2012年:ヴァージニア(監督/製作/脚本)
・2012年:テトロ 過去を殺した男(監督/製作/脚本)
・2008年:コッポラの胡蝶の夢(監督/製作/脚本)
・2002年:地獄の黙示録 特別完全版(監督/製作/脚本/音楽)
・1998年:レインメーカー(監督/脚本/製作総指揮)
・1997年:ジャック(監督/製作)
・1992年:ドラキュラ(監督/製作)
・1991年:ゴッドファーザー PARTⅢ(監督/製作/脚本)
・1989年:ニューヨーク・ストーリー(監督/脚本)
・1988年:タッカー(監督)
・1987年:友よ、風に抱かれて(監督/製作)
・1987年:べギー・スーの結婚(監督)
・1985年:コットン・クラブ(監督/脚色/原案)
・1985年:ランブルフィッシュ(監督/脚本/製作総指揮)
・1983年:アウトサイダー(監督)
・1982年:ワン・フロム・ザ・ハート(監督/脚本)
・1975年:ゴッドファーザー PARTⅡ(監督/製作/脚本)
・1974年:カンバセーション 盗聴(監督/脚本)
・1972年:ゴッドファーザー(監督/脚本)
・1970年:雨のなかの女(監督/脚本)
・1969年:フィニアンの虹(監督)
・1963年:グラマー西部を荒らす(監督/脚本/製作)
「そもそも映画作りに誰が一番重要なの?」という方はこちら! 👉 映画作りのキーマンは誰?
『ゴッドファーザーPARTⅡ』を見れる動画配信サービス
『ゴッドファーザーPARTⅡ』を見れる動画配信サービスをご紹介します。
各サービスには「無料お試し期間」があります(無料お試し期間中の解約可能)。
本作に興味がある方はこの「無料期間」をご活用ください!
※映画配信サービスの情報は2019年11月時点です。必ず公式HPで情報をご確認下さい。


VOD(動画配信サービス)についてもっと詳しく知りたい!」という方はこちら!
👉 動画配信サービス(VOD)一覧